常識が信仰であるとしたら

村田沙耶香さんという小説家が好きで、よく読んでいます。芥川賞を受賞した『コンビニ人間』が代表作と言われますが、恋愛や結婚、出産をテーマにした著作の方が面白いと思います。とはいってもキラキラした恋愛小説の類ではなく、私たちの常識を根本から問い直すような作品で、自分がいかに常識にとらわれていたか、いつもハッとさせられるのです。

 

『殺人出産』は、殺人が悪ではなくなった未来の話です。妊娠出産は恋愛と切り分け、人工授精で計画的に産むのが当然となり、偶発的な妊娠が起こらないため世は極端な少子化時代をむかえます(ここまでは想像に難くないと思います)。そこで合理的なシステムとして採用されたのが、「殺人出産」でした。十人子どもを産めばかわりに誰か一人を殺すことができる、もし子どもを産まずに人を殺してしまったら「一生子どもを産み続ける」刑に処される。殺される人は社会のために亡くなったということで感謝され、盛大に送り出されます。

 

多くの人は「気持ち悪い」「怖い」と感じると思うのですが、常識が変わってしまった社会から見れば、こちらの常識の方が気持ち悪いし、怖いでしょう。常識はただの信仰に過ぎないし、特定の常識を信じ込むことはどんな内容であろうと狂気なのだ、というメッセージが込められています。

 

最近では、人は時代に応じて変わらなくてはいけない、ということが語られます。常識がアップデートされていない人は時代遅れとしてばかにされてしまいます。でも、その新しい常識が絶対に正しいとは限りません。自分の信じる常識はただの信仰にすぎないと思えば、自分とは違う常識を持つ人にも優しく接することができるし、わかりあえるのではないでしょうか。